【由緒】霊泉の杜 瀧宮神社 埼玉県/深谷市/祈祷/お宮参り/七五三詣り/結婚式/etc...

ご祭神

天照大御神 太陽の恵みに象徴された日の神さま
豊受大御神 太陽の恵みを地上に活かして幸を授け給う「衣・食・住」に関わる産業の神さま
彦火火出見尊 海・山・里の幸々を授け下さる山幸彦(やまさちひこ)の名で知られる幸の神さま

ご神徳

 五穀豊穣をはじめ幸々を授け給うことから、家内安全・家運繁栄・起業成就・縁結び 合格・学業成就、身体健全、心願成就ほか安産、 初宮参り・七五三参り等の人生儀礼の 幸福を招く御神徳と 森羅万象は九星気学の運行によって定まるとされていることから、 深谷城の裏鬼門を守護する神として崇敬され、城を満たした神水の霊力から悪事災難を防ぎ止める神様と仰がれ方位・方災除け(八方除) ・厄除け・交通安全・業務安全・病気平癒などの 災いを除ける御神徳が挙げられます。 このような事から瀧宮大明神(たきのみやだいみょうじん) と称えまつる広大無辺なる御神徳によって「災いを転じて福となす」との信仰が、ここにあるわけであります。

ご由緒

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 深谷市の中心地は南を流れる荒川、そして櫛引台地と北の利根川・小山川によって形つくられた妻沼低地からなっています。 ここ瀧宮の地は台地と低地の境目に位置し、秩父山地に降る雨は荒川の流れとなって流れ来て、 台地の地下深くに浸透し湧き水となって台地の北端にあるこの地に現れ、 大昔から人々が生活を営む場所として大事にされてきました。そうした痕跡が土器や住居跡として掘り出されました。
 境内の池はその時代から続く湧水の一つで、豊かな湧水は人畜の飲料に、また田畑を潤す用水にと使用され、 多くの幸を授ける源を神様から戴いた清浄な地として、渾々と湧き出る神水は唐沢川の谷に流れ落つるが如く瀧に因んでか、 いつしか「瀧の宮」と称して神社を祀りました。
 太陽の恵みを体現された日の大神様の天照大御神、太陽の恵みを地上に活かして幸を授け給う豊受大御神、 海・山・里の幸々を授けて下さる山幸彦の名で知られる彦火火出見尊の神様をこの地に祀り、以来ここに暮らす 代々の人々は神々への感謝と豊穣への祈りお祭りごとを受け伝え、明治までは瀧宮山正覚寺が別当として祭祀を預かっていました。

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 深谷の地が関東地方を経営する上で大切な処と悟った上杉氏は康正二年(一四五六)深谷城を築くと城の西南に位置する瀧宮神社を坤門(裏鬼門)の守護神として崇敬すると共に、 この湧水を城のお堀に引き込み用い、領国安寧の御神徳を歴代の城主は願い深く信仰し崇敬の誠を捧げてきました。
 寛永十一年(一六三四)太平の世になると深谷城は廃されましたが、深谷は主要街道の一つ「中山道」の宿場町として栄え、 当社は仲町・本町・西島の鎮守「瀧宮大明神(たきのみやだいみょうじん)」或いは「大神宮瀧宮(だいじんぐうたきのみや)」 として心の拠り所とされてきましたが、明神様へ寄せる敬神の思いは脈々と今に続いております。
 開発が進む深谷市の中心街にあり太古の昔から営々と湧き出ずる真清水(御霊水)は人々の生活と心を潤し、 森を育み特に桜の名所として沿線の住民の憩いの場として親しまれ、「埼玉の自然一〇〇選」に続き「深谷新八景」に選定されましたことは、 大神様の御神意によれるところであります。尚昨今でもこの御霊水は「お水取り」と称し、多くの方々が汲んで参ります。 このように氏子を始め、多くの皆様方がお寄せいただく御崇敬により当社の御神威が弥増し社頭が栄えることは誠にめでたきことであります。